最終更新日:2026年9月11日

源泉交遊さんの投稿です。

秋の訪れを告げてくれる“ックックボウシ”の鳴き声は、今年は例年の2週間ほど遅れて鳴き始めたようです。しかも例年なら森や林のそばではうるさいほどに聞こえた“ックックボウシ’'の合唱は、今年は独唱しているかの様に思えるほどで物静かに感じられるようです。蝉の鳴き出しが早いか遅いか、また、声が多くて大きく強く聞こえるか、嗚き声が少なくて小さく弱く思えるかは、その年の気候状況にも因るようですが、自然(セミ)は確実に季節の移り変わりの様子を一貫して知らせてくれているようです。それに比べて人為的な政治

(行政)の世界では、当局の意向で一方的な報道も見受けられます。つまり、当局の意向一つで、正しく報道したり、事を正しく報道しなかったり、曖昧に報じたり、更に都合の悪い事実は報道しなかったりと、『広報』が当局の意向を第一にして掲載されることがありますが、「信頼性」への配慮が欠けているようです。其の典型的な実例は残念ながら、当市の『広報まいづる』に見取ることが出来ます。かって「楽しくなければテレビではない」として失敗したメヂィアもありましたが、『広報』はタウン誌など雑誌や一般報道とは一線を異にし、話題性や受けを狙たり、単に解りやすい、面白い、或いは使い良さや、流行りだからなどを基準に編集するのは問題です。  『広報』の記事には、内容の「正確さ」や「明朗さ」、誰が読んでも納得のいく「中立性」、「公平性」も求めでられると思われます。『広報』はあくまでも「公」でなければ「信頼」は得られません。ここが『広報』編集の難しさです。

例えば一例として、『広報』2  0  2  5年9月号に「時代とともに歩む舞鶴の近代化(第一回)」とした記事について「東門」という名称の由来についての記事が掲載されていましたが、掲載記事では、「東門」と言う名称の由来は曖昧です。当方の知る限りにおいては海軍鎮守府がおかれた時代、国道は大門から北吸の交差点を道芝方面へ抜けていました。北吸の交差点から中舞鶴方面へ通じる現在の国道は鎮守府の敷地(軍道)で一般の人は利用できませんでした。今の「東門公園」の国道(軍道)脇きにコンクリート造りの小さな番兵小屋があったことから、ここが鎮守府の「東門」とされたように思います。ちなみに「東門」があれば当然「西門」もあるはずですが、「西門」は中舞鶴の余部下の現在の中舞鶴郵便局付近かと思われます。それは余部下の「梅乃家」様の標札に「西門西一丁目」と刻まれている事から推測していますが、確かなことについては市の方で検証いただきたいと思います。

さて「図書館問題」においては、先ず当局の「中央図書館ありき」が議論の出発点にあり、 当局はバイアスのかかった「思い描く図書館J論を展開していますが、「思い描く図書館」と曖昧な言葉で、さも親切そうに上から目線で市民に語り掛けていますが、要は「誰が思い 描いた図書館」であるかは伏せたままに『広報』を繰り返し利用しています。が、果たして このことが「明朗」にして「明快」な「公」報道であるのかは大いに疑問です。ックックボ ウシでも最初から最後まで“ックックボウシ、ックックボウシ、・・ジュックンヨウシ、ジュ ックンヨウシ、ジイ~’'と一貫して正しく鳴いてくれるのは安堵できる気がするのですが・・・。

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