公式の閑谷ポンプ場の調査報告書が難解ですの森本目線で調査報告書をまとめてみました。

概要

舞鶴市西市街地では、平成16年台風23号などによる度重なる浸水被害を受け、京都府と舞鶴市が連携して内水排除を目的とした「閑谷ポンプ場」の建設事業を開始した。しかしながら、本工事は設計ミスや現場条件との不適合等の問題から、度重なる中止・変更を強いられ、最終的には発注者側の判断で契約解除に至る異例の事態となった。

現在、工事業者と舞鶴市の間では工事費支払いをめぐる法的紛争が継続中であり、損害賠償を伴う重大な問題となっている。

第1章 事業の背景と目的

本事業は、度重なる浸水被害に対応するため、舞鶴市西市街地の内水排除を目的として開始されたものである。平成29年度に事業がスタートし、分離発注方式により土木工事、機械設備工事、電気設備工事、建築工事に分かれて発注される計画であった。

第2章 事業概要

  • 土木工事:当初契約金額 5億9,620万円
  • 機械設備工事:3億5,800万円
  • 電気設備工事・建築工事:未発注
  • 事業総額(当初計画):約12億円

事業は分離発注方式を採用し、複雑な工程管理が求められた。

第3章 工事の中止および契約解除の経緯

  • 土木工事費が当初の5億9,620万円から約15億円増加し、総額約21億円に達した。
  • 設計上の問題や現場との不適合が主因とされ、事業継続が困難と判断された。
  • 工事の中止により、現時点で約9億5,427万円の損害が確認されており、今後約12億円まで損害が拡大する可能性がある。

第4章 検証会議の構成

検証会議は、以下の専門家により構成された。

  • 座長:田篭 明(弁護士)
  • 上子 秋生(地方自治:立命館大学教授)
  • 神田 佳一(河川:明石高専名誉教授)
  • 玉田 和也(構造:舞鶴高専教授)
  • 加登 文学(地盤:舞鶴高専教授)

※ 京都府中丹東土木事務所もオブザーバーとして参加。

第5章 事業関係者一覧

設計業務

  • パシフィックコンサルタンツ株式会社:基本設計(平成30年落札)
  • 株式会社NJS:詳細設計・障害物撤去設計等(複数回受注)

工事施工業者

  • 鶴美・ホクタン・サン開発 特定建設共同企業体:静渓ポンプ場 土木工事元請

第6章 舞鶴市側の担当体制(年度別)

年度所属部課主な担当者(課長・係長級)備考
H29上下水道部 下水道整備課J(課長)、K(主幹兼係長)、O(係員)浸水対策担当係を新設
H30同上J、F(課長級)、O基本設計着手
H31同上J、F(課長)、P(係長)詳細設計実施
R2同上J、F、P、Q(新規)設計・積算準備期
R3同上I(新課長)、L(課長級)、P、R・Q工事契約、初動
R4建設部E(部長)、L(課長)、M(係長)、S・R・Q組織再編(課昇格)
R5同上G(部長)、L、M、R・S・Q計画見直し開始
R6再び上下水道部H(部長)、N(課長)、M、T・U・R検証・報告フェーズ

第7章 主な問題点

  • 設計段階での地質調査が不十分であった。
  • 河川上にポンプ場を建設するにもかかわらず、ボーリング調査は周辺陸上の2か所のみで実施。河川内では「船の移転交渉が大変」という理由で調査を行わなかった。
  • 軟弱地盤にもかかわらず、当初設計ではφ3500の高圧噴射撹拌工法(N-Jet工法)を採用。
  • 後にφ3150に縮小、さらに未改良部が出ることが判明し、最終的にφ2500へ変更。これにより工事費が大幅に増額。
  • 設計業務の落札率が異常に低く、予定価格約4037万円に対し落札価格は約1817万円(落札率45.0%)。
  • 誤った前提条件で発注され、予算ありきで無理に設計を進行。
  • 当初予算12億円を前提に工事を強行。設計途中で問題が発覚していたが、対応が不十分。
  • 土木工事契約締結後(約5.9億円)、河川内障害物の発見や設計不備により3回の変更契約。最終的に15億円を超える規模に。
  • 予算不足により地方自治法第232条の3(支出負担行為)違反の恐れ。
  • 同時発注された機械設備工事(3億5800万円)が無駄となった。
  • 結果として9億5427万円の損失が発生。税金が無駄となり、さらに工事業者との支払いをめぐる問題も継続中。
  • 国庫や京都府からの交付金返還リスクも存在。交付金は目的達成が前提であり、事業未完了の場合は返還を求められる可能性がある。

舞鶴市側の問題点

  1. 設計成果の検査体制が「部内」で完結していた
    • 設計成果の検査は同一部内の別課の管理職による目視・書面確認のみで、技術的なダブルチェックや外部有識者による確認がなかった。
    • 実質的に担当者とその上司のみで処理され、構造・地盤・施工性等の専門的な視点が欠如していた。
  2. 設計段階でのリスクレビューが未実施
    • 仮設構台の杭と基礎改良体の干渉リスクが見逃されていた。
    • 地質条件に応じた地盤改良の有効径の変更(φ3500→φ3150→φ2500)が複数回必要になったが、初期設計段階でのリスク評価がなされていなかった。
  3. 技術データベース・人材活用の未整備
    • 技術職員の資格や過去の実績をデータベース化しておらず、適切な人材を配置する体制がなかった。
    • 専門性が求められる業務でも、一般職員に任せる実態があった。
  4. 設計業務の極端な低価格落札を放置
    • 設計業務は予定価格4037万円に対し、落札額1817万円(落札率45%)で契約された。
    • 異常な低価格にもかかわらず再入札や調査は行われず、結果的に手抜き設計・調査不足を招いたと見られる。
  5. 庁内に技術的助言を求める体制がなかった
    • 通常の決裁ルートのみで処理され、難度の高い案件について専門的助言・審査を行う体制が存在しなかった。
    • 他自治体のような「技術審査会」や「設計チェック部門」がなく、組織的なチェック機能に欠けていた。
  6. 工程・予算の見通しの甘さと未対応
    • 工事費が当初の9億円から15.8億円に膨れ上がったが、当初の見積や積算の検証を行わなかった。
    • 契約継続中にも関わらず予算不足を見過ごし、地方自治法第232条の3違反(支出負担行為)のおそれが生じた。
  7. 担当者・部署の頻繁な交代と人的リソースの不足
    • 平成29年~令和6年までに、課長級職員が少なくとも5人交代し、上下水道部と建設部の間で部署の移動も発生。
    • 担当係長・係員も頻繁に異動し、継続的な事業管理が困難。
    • 担当者は実質2~3名で、一人の担当者は年間残業350時間近くに達し、時間外労働の上限(36協定)ギリギリの状態であった。
    • 担当部署には実務経験のある技術者が存在せず、市役所としても経験や資格を考慮せず職務を割り当てていた。

コンサル側の問題点

  • 設計業務の落札額が異常に低く、予定価格約4037万円に対し、落札価格は約1817万円(落札率45.0%)であった。
  • この価格で静渓・大手の2ポンプ場の基本設計、現地測量、用地測量、設計協議5回をこなす必要があり、極めて採算が厳しい内容だった。
  • コンサルタントとしても、採算性が取れず、時間をかけられない中で言われた通りに進めざるを得なかった可能性がある。
  • 技術的な指摘(例:地盤改良体の未改良部問題)を行っていたが、市側が受け止めず、設計が進行。
  • 市から仮設構台の計画が確定しない中で、設計者が「H鋼配置変更、改良体の追加配置、小径化など」の案を提示しても、現場条件に適合した設計がそもそも困難だった。
  • 設計変更が繰り返される中で、地盤改良径はφ3500 → φ3150 → φ2500と変遷。コンサル側も状況に振り回された。
  • 特に仮設杭との干渉については「初期設計から考慮されていない」という強い指摘があり、市の発注条件に問題があった。
  • 市側が技術的理解に乏しく、設計変更が追加費用に直結するため「予算内でとにかく進める」方針が影響した可能性。
  • 最低価格受注により、コンサル側にも深掘り設計する余裕がなく、最低限の成果品提出が優先されたと推察される。

工事業者の対応

  • 工事業者は、当初設計と現場の不整合について再三指摘を行い、設計変更を求めるなど、特段の不備は見られなかった。

第8章 結論および今後の懸念事項

本件は、技術的知見の欠如だけではなく、行政内部の組織体制、契約・設計業務の進行管理、財政規律、外部知見の導入体制など、多方面にわたる構造的課題が重なった結果としての失敗事例である。

言い換えれば、「準備も体制もないまま高度な公共工事に着手した」ことが根本原因であり、これは単なる担当者レベルの過誤ではなく、組織としてのガバナンス不全がもたらした重大な行政事故と言える。

今後、再発防止に向けた具体的措置と、外部監査・市民への説明責任の履行が強く求められる。

今後心配されること

  • 交付金の返還請求による舞鶴市の財源の大幅減少(約9億~12億円)
  • 紛争が長引くことによる地元工事事業者の財政的リスク
  • 大型工事失敗により露呈した技術者不在の実態により、大規模工事への交付金が今後交付されなくなるリスク

参考にした資料