最終更新日:2026年8月28日

舞鶴市から、「舞鶴市民憲章をつくります」という案内が届きました。
舞鶴市にはこれまで市民憲章がなく、以前から「舞鶴にも市民憲章が必要ではないか」という声がありました。
ですから、市民憲章をつくること自体について、私は歓迎しています。
市民みんなで、
「舞鶴をどんなまちにしたいのか」
「何を大切にして暮らしていくのか」
を考え、世代を超えて共有できる言葉をつくることには意味があると思います。
なぜ、今になって急に作るのか?
ただ、今回の資料を読んで、ひとつ大きな疑問を持ちました。
なぜ、今になって急に作るのでしょうか。
しかも、かなりの短期間で進めるスケジュールです。
舞鶴市の資料では、市民憲章策定のための懇話会を設置し、市民から公募する委員は2名。
懇話会は、
- 9月
- 11月
- 1月
の3回を予定しています。
何十年も残るかもしれない「市民憲章」をつくるのに、これだけの期間と回数で本当に十分なのでしょうか。
市民憲章は「役所が文章を作って完成」ではない
私は、市民憲章は役所がきれいな文章をつくって、
「はい、完成しました」
というものではないと思っています。
市民が集まり、
「舞鶴の良いところは何か」
「これから何を守るのか」
「何を変えていくのか」
「次の世代にどんな舞鶴を残したいのか」
そんなことを、喧々諤々、時間をかけて話し合う。
その過程そのものに価値があるのではないでしょうか。
アンケートを取ることと、市民がつくることは違う
舞鶴市は、これまで市民アンケートや意見募集も行っています。
それ自体は大切なことです。
しかし、
アンケートで意見を集めることと、
市民自身が憲章の文章を議論してつくること
は別です。
市民から集めた意見を行政側が整理し、限られた人数の懇話会で数回話し合い、短期間で、
「舞鶴市民憲章ができました」
となれば、せっかく作っても、
「仏作って魂入れず」にならないか
私はここを心配しています。
どれだけ立派な文章が完成しても、市民の多くが、
「そんなものができたの?」
「いつ決まったの?」
「誰が決めたの?」
という状態では意味がありません。
市民憲章なのですから、最終的には市民自身が、
「これは自分たちの言葉だ」
と思えるものでなければならないはずです。
今の進め方のままでは、税金と時間を使って立派な文章だけを作り、数年後には誰も覚えていない。
そんな「仏作って魂入れず」の市民憲章になってしまわないでしょうか。
そして気になるのが「市長選直前」という時期
さらに気になるのが、このタイミングです。
舞鶴市では、来年2月に市長選挙が予定されています。
もちろん、今回の市民憲章づくりが市長選挙と関係していると断定するつもりはありません。
しかし、長年なかった市民憲章を、
なぜ、このタイミングで。
そして、
なぜ、これほど短期間で。
一気に策定する必要があるのでしょうか。
市民から見れば、
「市長任期の最後に、市民憲章を制定したという実績を残したいのでは?」
と受け取られても不思議ではありません。
そう見られないためにも、舞鶴市には、
なぜ今なのか。
なぜこのスケジュールなのか。
をきちんと説明していただきたいと思います。
私は市民憲章づくりには賛成です
ここは誤解してほしくありません。
私は、舞鶴市民憲章をつくることそのものに反対しているわけではありません。
むしろ、つくるのであれば良いものをつくってほしい。
だからこそ、急いでほしくないのです。
今年度中に完成させることを目的にするのではなく、
学生、
子育て世代、
高齢者、
会社員、
商店主、
地域活動をしている人、
若者、
できるだけ幅広い市民が参加し、
「舞鶴とはどんなまちなのか」
を本気で議論してほしいと思います。
そして完成したときに、
「これは私たちがつくった舞鶴市民憲章だ」
と多くの市民が言えるものにしてほしい。
完成する日が半年、1年遅くなったとしても、私はその方がずっと価値があると思います。
市民憲章は、市民のものです
市民憲章は、
市長のものでもありません。
市役所のものでもありません。
舞鶴市民のものです。
だからこそ、
「作ること」を急ぐのではなく、
「みんなで作ること」に時間を使ってほしい。
私はそう思います。

