
源泉交遊さんの投稿です。
4月8日付け読売新聞の地方版の片隅に「舞鶴市参事に吉田氏」とした記事が掲載された。
その内容は「舞鶴市は、大阪府和泉市元副市長の吉田康人氏(6 1)を、1日付けで参事(部 長級)に任命したと発表した。行財政改革と人事改革を担当する。」との簡単な内容の記事 であった。
しかしこのことは、毎月の『広報まいづる』でも市民に知らされることも無く、おそらく多くの市民は知らない事だろう。
例えて言えば、知らない内に、他所のおじさんが我が家の座敷に上がり込んでいたと言う「驚き」と「薄気味わるさ」や「恐ろしさ」を感じる出来事だろうと思う。新入りは参事と言う要職に就きながら、多くの「市民」に一言も、一文の挨拶もなく、行政の中枢に座り込んでいること、また、新任参事に就任させた当局は「市民」に紹介することもなく、内々の内に、新しく就任した参事を取り込んで行う行政は密室政治みたいなものだと言えよう。
普段は、“市民に開かれた市政を’'と事あるごとに唱えていた当局は、あれは何だったのかと思わずにはいられない気分だ。
遠く和泉の国からはるばるやって来た吉田康人氏とは果たしてどんな人物なのか、当局からの説明が無い以上、勝手に想像することも良しとするものだが、過去の行政実績やお人柄。エピソードなどを交えて、氏の人物像や業績なども市民には知らせるべきと思うのだがどうだろう。
一般的に言って、外部からの人材の招聘は、内部に適当な人材がいないときに行われる手段 だが、新聞報道によると新任の吉田参事は「行政改革と人事改革を担当する」とありますが、それらは現福田副市長の職務の中にあり、福田副市長の能力の欠損部分であると言うのだろうか。
更に、吉田氏は人事改革についても責任を発揮するようだが、果たして今迄無縁であった遠方の役所(舞鶴市)の人事事情にまで精通しているのかは疑問とするところである。
ただ機械的に人事に手を付けることは出来ないことはないが、人事とはそんな簡単なことではない。
新任参事に人事に踏み込んだ改革を期待することは無謀と言うものだ。
にも拘わ らず「人事改革Jを新顔参事の仕事として預けることは、現福田副市長の能力では人事については「無理」と自ら判断したことになるが如何だろうか。
このことは即、副市長は人事行 政の無能さを自ら認め、その対策として外部から吉田氏を招き入れたこととなるが、それでいいのだろうか?おおいに疑問とするところである。
作家の五木寛之氏は、「齢を取ると、どうしても同好の士、つまり同じ好みを持つ人たちと語り合うことが増えますが、それでは ダメなのです」「ですから語り合うときは、同好の士や同業者でではなく、違った世界の人 達と話し合う事が大切だと思います」と述べていますが、この度の福田副市長と吉田参事(前和泉市副市長)は経歴が似ているところもあり、話がよく合ったのだろうと想像できますが、単に気の合った飲み友達と言う仲間意識の関係で舞鶴市へ招聘したのであれば、「改革」を言い訳にした福田副市長の強権による「市政の私物化」が疑われることになります。

