
引き上げの港を見てきた男さんからの投稿です。
今回の動画を見て、正直かなり考えさせられました。
舞鶴市とウズベキスタンの地域が姉妹都市として交流すること自体を、私は全面的に否定するつもりはありません。国や文化の違いを超えて交流することは、平和のためにも大切なことだと思います。
しかし、友好交流を進めるのであれば、過去に何があったのかをきちんと確認することが出発点ではないでしょうか。
戦争が終わった後、多くの日本人が旧ソ連によって連行され、自由を奪われ、過酷な環境で働かされました。そして、故郷に帰ることができないまま、遠い異国の地で亡くなった方々がいます。
その歴史をほとんど説明せず、現地の人々が日本人を尊敬していた、日本人は勤勉だった、立派な建物を造ったという話だけを紹介するのであれば、それは歴史の一部分だけを切り取った美談になってしまいます。
亡くなった方々は、立派な建物を造るために自ら志願してウズベキスタンへ行ったのではありません。
帰国できると思っていた人が、意思に反して連れて行かれ、強制的に働かされたのです。
もちろん、当時の現地住民の中には、日本人に食べ物を差し入れたり、親切に接したりした人もいたのでしょう。その善意まで否定する必要はありません。
しかし、現地住民の善意と、国家によって行われた抑留や強制労働は別の問題です。
舞鶴市には引揚記念館があります。
引揚げの歴史を次世代へ伝える街だからこそ、姉妹都市交流を始める際には、まず犠牲になった方々への慰霊や、遺骨、埋葬地、収容所の調査について説明するべきだったと思います。
過去を責め続けろと言いたいのではありません。
過去をなかったことにしてはいけないと言いたいのです。
本当の友好とは、都合の悪い歴史を隠して笑顔で記念撮影することではありません。
悲しい歴史も一緒に確認し、亡くなった方々を追悼し、そのうえで未来へ進むことだと思います。
舞鶴市には、表面的な国際交流ではなく、引揚げの街にふさわしい交流をしてほしいです。


