
私は本来、リシタン地区との姉妹都市提携を締結する前に、舞鶴市が市民に対して、
ウズベキスタンでは、日本人812人が抑留中に亡くなった
という歴史的事実を、明確に伝えるべきだったと思います。
そのうえで、
- なぜリシタン地区と姉妹都市になるのか
- 抑留の歴史をどう受け止めるのか
- 亡くなった方々をどのように追悼するのか
- 今後の交流に歴史継承をどう位置付けるのか
- 留学生や人材交流を何の目的で進めるのか
こうした点を市民に説明し、姉妹都市締結について議論するべきでした。
それが、抑留中に亡くなられた方々に対する最低限の礼儀だったのではないでしょうか。
しかし残念ながら、舞鶴市の発信では、日本人抑留者の勤勉さ、現地住民との友情、親日感情、現在の交流といった明るい側面が強く紹介される一方で、「812人が亡くなった」という重要な事実は、市民に十分伝えられないまま姉妹都市締結が進められました。
そして、市民全体で十分な議論が行われたとは言い難い状況の中、市議会の決議を経て姉妹都市提携が結ばれました。
私は、この進め方はおかしかったと思います。
姉妹都市提携に反対する意見も、慎重に考えるべきだという意見も、市民が歴史的事実を知ったうえで初めて生まれます。
重要な事実を十分に知らせず、友好交流の明るい面を中心に説明したうえで、市議会だけで手続きを進める。
それでは、市民が判断するための材料が不足しています。
ただし、姉妹都市提携はすでに締結されました。
締結前に戻って、もう一度最初から議論をやり直すことはできません。
だからこそ、姉妹都市となった今からでも、舞鶴市が果たすべき責任があると思います。
それは、過去の事実を国民や市民へ正確に伝えることです。
舞鶴市は今後の交流の中で、
- ウズベキスタンへ約2万5,000人の日本人が抑留されたこと
- 812人が帰国できないまま亡くなったこと
- その遺骨が現在も未収容とされていること
- 現地住民が日本人を助け、墓地を守ってきたこと
- 強制抑留の被害と現地住民との友情は、分けて考える必要があること
これらを、市民や次の世代へ伝えるべきです。
また、姉妹都市交流の中に、単なる文化交流や留学生の受け入れだけではなく、
- 812人の犠牲者を追悼する事業
- 舞鶴引揚記念館とリシタン地区との歴史資料交流
- 日本人墓地や埋葬地の調査と保全への協力
- 遺族や関係者の証言を後世へ残す取り組み
を、明確に位置付ける必要があります。
交流とは、過去を忘れることではありません。
過去に何が起きたのかを正確に知り、犠牲者を追悼し、同じ過ちを繰り返さないために未来へつなげることです。
舞鶴市は、姉妹都市提携を結んだことで役割を終えたのではありません。
むしろ、姉妹都市になった今だからこそ、812人が亡くなった歴史を伝える責任が生まれたのではないでしょうか。
友好、親日、交流という耳触りのよい言葉だけで終わらせず、その背景にある重い歴史にも正面から向き合う。
それが、引き揚げのまち・舞鶴が果たすべき責任であり、亡くなられた方々に対する最低限の礼儀だと、私は思います。

