最終更新日:2026年10月31日

〈  もの隠せ今日は娘の里帰り   >

投稿された新聞社名や投稿者のお名前は解らないのですが、上記の川柳が新聞に投稿されていた様に思います。

この句には父親の戸惑いと、喜びが複雑に交錯している様にも思えて、ほのぼのとしたユーモアを感じた記憶が残ったように思います。

さて、私的な感情は差し置いて、「公」にすべきことを“隠’'す行為には疑問があり、時には“疑惑の匂い’'もしてくると言うものです。
最近の当局の傾向には、当然公表して広く市民に公表すべき事柄でも、秘密にしたり、隠したり、曖昧にすることが余りにも多いように思えます。
市民に普通に知らせば良いことも、なぜか隠し立てして、わざわざブラックボックス化して市民には目隠ししている様に見受けられることが多いことは問題です。
市民に知らせない、何も言わないこととして、隠すことも、無言でいることも、我が国の憲法に保障された「言論の自由」に当たるのでしょうが、同時に「表現の自由」も保障されていると思います。
最近の例では、当局は、“ぷくぷくコンビ’'の片方が3月末で定年を迎えて、品なく最後屁を放って市の要職から去って行きましたが、残った“片割れ部分”を修復するかのように、遥か離れた泉州は和泉市からポンコツ手前の中古車を入手する?かのように和泉市前副市長を一存で拾って来て、当市の要職(参事=部長級)に密かに4月1日付けで据えたようです。
この人事については、当局から市民に前もって知らされる事もなく、また本人からの市民への挨拶・自己紹介もなく、気が付けば知らないオジサンが市政の重要なポストに鎮座していたと言う驚くべき状況です。
この人事は4月8日付け読売新聞の隅っこの小さな記事で初めて知りましたが、大方の市民の方も同様ではなかったのではと思っています。

新聞記事によると、吉田康人新参事は、「行政改革と人事政策」を担当するとされていま

したが、現福田副市長と業務が重複することとなり、福田副市長の“私設秘書”の役割なのでしようか、それとも政策失敗時の備えとしての“影武者”なのでしょうか。
とにかく行政改革と人事政策と言う重要な業務を高位(高給)の役職2人で担当することは不思議であり、どちらか一方のお手当で十分な仕事内容です。
でなければ舞鶴市は仕事(役割)に対してお手当ての”二重払“いとなってしまいます。
また、外部から人材を受け入れると言うことは内部では調達が困難な能力の導入と言う手段であり、現存人材ではその能力を調達できないと言うことで、現福田副市長の能力に疑問があると言うことになります。
お友達感覚で「それじゃ一緒にやりましょか!」と簡単に言うほど組織を祇めてはいけないものです。
このことは、組織の上に立って組織を動かすほどの人なら、十分心得ているはずの事ですがどうでしょうか。つまり、これは組織の「ガバナンス」の問題であり、如何に当局のガバナンスが狂っているかの証左でもあると同時に、“茶坊主”には無理な難題と言えるのかもしれません。

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