
匿名希望さんからの投稿です。
森本さん、伊達直人さん、今まで誰も触れなかった事実をとりあげてくださりありがとうございます。
亡くなった方々の名前を森本さんが読み上げたのを聞いて胸が苦しくなりました。
今では数字として「何百人」と表現されますが、その一人一人に家族があり、帰りを待っていた人がいたはずです。
母親、妻、子ども、兄弟。
いつ帰ってくるのか分からないまま待ち続け、最後まで会えなかった家族も多かったと思います。
遠い異国で亡くなり、遺骨も故郷へ帰っていない方がいるのであれば、姉妹都市交流の最初に行うべきことは慰霊ではないでしょうか。
式典や訪問団、青少年交流もよいでしょう。
でも、その前に、亡くなった方々へ花を手向け、名前を読み上げ、忘れないと誓うことが必要だと思います。
舞鶴は引揚げの街です。
最後に日本へ帰ってきた人々を迎えた街だからこそ、帰ることができなかった人々のことも大切にしてほしいです。
私は、現在のウズベキスタンの人たちを責めたいとは思いません。
むしろ一緒に手を合わせてほしいです。
過去を隠すのではなく、悲しみを共有することが本当の友好につながると思います。

