最終更新日:2026年9月3日

この記事の要約
舞鶴市では、観光、商業施設、中央図書館、データセンター誘致など、華やかな政策が次々と打ち出されています。 しかし、本当に見るべきなのは「何を作ったか」ではなく「市民生活がどう良くなったか」です。 人口減少や産業衰退が続く中、舞鶴市政には“映える政治”から“結果を出す政治”への転換が必要です。
最近の舞鶴市政を見ていて、私は強い違和感を覚えます。
舞鶴市は、あまりにも「キラキラしたもの」を追いかけすぎているのではないでしょうか。
派手な装飾。
きらびやかなイベント。
新しい施設。
観光客の人数。
大型プロジェクト。
最先端という言葉。
もちろん、新しいことに挑戦すること自体を否定するつもりはありません。
問題は、それらがいつの間にか、
「舞鶴はうまくいっている」
と市民に思わせるための舞台装置になっていないか、ということです。
「観光客が来た」だけで舞鶴は豊かになったのか
赤れんがパークには多くの観光客が訪れます。
市はそれを大きな成果として発信します。
確かに観光客が来ることは悪いことではありません。
しかし本当に重要なのは、
その人たちが舞鶴にいくらお金を落としたのか。
何時間滞在したのか。
宿泊したのか。
地元のお店や企業の売上につながったのか。
ということではないでしょうか。
何万人来ても、写真を撮って、そのまま次の観光地へ移動してしまえば、舞鶴市民の暮らしはほとんど豊かになりません。
観光客数という「見栄えのいい数字」だけを追いかけるのではなく、市内消費額や宿泊者数、地域への経済波及効果を見るべきです。
新しい商業施設を作れば都会に近づくのか
官民事業で新しい商業施設アテイックができました。
「舞鶴にもこんなおしゃれな場所ができた」
一瞬だけ話題になりました。
しかし建物を作っただけで地域経済が強くなるわけではありません。
本当に見るべきなのは、その施設が継続的に利用され、そこで商売が成り立ち、雇用が生まれ、市内にお金が循環しているかどうかです。
完成した瞬間が一番華やかで、数年後には人がいない。
そんな公共施設や官民事業を繰り返してはいけません。
立派な図書館を作れば文化水準が上がるのか
中央図書館についても同じです。
立派な建物を建てれば、
「文化的なまちになった」
というイメージは作れます。
しかし文化水準というものは建物の豪華さで決まるのでしょうか。
子どもたちが本を読む。
市民が学ぶ。
議論する。
地域の歴史を残す。
知識を次の世代へ伝える。
そうした活動があって初めて、図書館は文化の拠点になります。
建物を建てることと、文化を育てることは別の話です。
データセンターが来れば「最先端都市」なのか
データセンターのような先端産業を誘致することも、可能性としては歓迎すべきことです。
しかし、
「データセンターが来る」
イコール
「舞鶴が最先端都市になる」
わけではありません。
市民の雇用がどれだけ生まれるのか。
地元企業に仕事が回るのか。
税収はいくら増えるのか。
電力や土地、インフラへの負担に見合うのか。
そこまで検証して初めて、誘致の意味が分かります。
横文字や最先端という響きだけで政策を評価してはいけません。
「平和のまち」という言葉だけでも現実は変わらない
舞鶴には引揚の歴史があります。
その歴史を後世に伝えることは非常に大切です。
しかし一方で、現在の舞鶴は海上自衛隊の重要な拠点でもあります。
基地の存在や安全保障上の役割についても、現実として正面から議論する必要があります。
「平和」という美しい言葉だけを掲げて、現在の舞鶴が置かれている現実を語らないのであれば、それもまた一面的な発信になってしまいます。
歴史も現在も、都合の良い部分だけを見るのではなく、両方を見るべきです。
そして、実際の舞鶴市民の暮らしはどうなのか
ここが一番重要です。
どれだけ観光地を飾っても。
どれだけ新しい施設を建てても。
どれだけ「未来」「最先端」「にぎわい」という言葉を並べても。
市民生活が良くならなければ意味がありません。
人口は減っていく。
若者は舞鶴を離れていく。
高齢者の割合は増えていく。
商店は減る。
地域産業は弱っていく。
空き家は増える。
そして物価高の中で、市民の生活は決して楽になっていません。
私は、この現実から政治が逃げてはいけないと思っています。
私が問題だと思うのは「施設」ではなく「政治」です
赤れんがパークが悪いわけではありません。
図書館が悪いわけでもありません。
データセンターが悪いわけでもありません。
イベントや観光政策も必要です。
問題なのは、
それらを作ったこと自体を「成果」にしてしまう政治です。
本当の成果とは、
市民の所得が増えた。
若者が舞鶴に残るようになった。
企業が増えた。
商売が続けられるようになった。
高齢者が安心して暮らせるようになった。
税金が効率よく使われるようになった。
そういう結果ではないでしょうか。
舞鶴に必要なのは「映える政治」ではなく「結果を出す政治」
私は、舞鶴市が衰退してきた最大の問題の一つは、
政治が本気で地域を立て直すことより、目の前の事業を完成させることを優先してきたこと
だと考えています。
予算を取る。
建物を作る。
イベントをする。
人を集める。
そして写真を撮って広報する。
そこで仕事が終わってしまう。
しかし政治の仕事は、本来その先にあります。
その事業によって市民の暮らしがどう変わったのか。
投入した税金以上の価値が生まれたのか。
10年後の舞鶴に何が残るのか。
そこまで責任を持つのが政治です。
これまで舞鶴には、多くの政治家がいました。
もちろん、それぞれが舞鶴のために活動してきたことまで否定するつもりはありません。
しかし結果として、人口減少も産業衰退も止まっていません。
だから私は、
これまでと同じ政治を続けていては、舞鶴は立て直せない
と思っています。
キラキラした舞鶴を演出することより、
現実の舞鶴を直す。
見栄えのいい事業を増やすことより、
市民の暮らしを良くする。
「何を作ったか」ではなく、
「何が良くなったのか」
で行政を評価する。
舞鶴市政は、そろそろそこへ転換しなければならないのではないでしょうか。
私は、舞鶴を飾りたいのではありません。
舞鶴を立て直したい。
そのために、これからも一つ一つの事業を数字と結果で検証していきます。


