最終更新日:2026年8月22日

「ブラックボクス化」して誤魔化す舞鶴の市政

源泉交遊さんからの投稿です。
令和8年の熊本地震は1 0年前の熊本地震の震源である断層の「割れ残りJが原因と言わ れています。
また当市の「中央図書館整備構想」では、‘‘ぷくぷくコンビ’'の「割れ残り」が 深く影響して、地域住民の不安を掻き立てていうるようです。
従って、自然界でも人間界で も共通して「割れ残り」が強い影響力を持って世の中の不安と不満の原因を作り出している 様にも見えます。
地中に埋まっている断層の様子や人の心は、普段は表面からは見えにくく、それぞれの現象からその様子を推察して読み取る必要があるようです。

広報『まいづる』(本年8月号)によると中央図書館の開館を令和1 0年に向けて準備をしているとのこと。
しかし、当初の予定では、令和9年を目標にとしていましたが(広報『まいづる」2  0  2  5年1月号)。いつの間にか市民の知らぬ間に、理由の説明も無いまま先送りして、開館予定を令和1 0年の開館に変更されています。
これも「プラックボクス化」の一端ですが、市民に説明も相談も無く無断で、つまり当局の独断でゴールボストを先に押しやったと言う事でアンフェアーな行為です。
問題はそれを市民に対して平然と行っている当局の認識です。
民主主義の政治は、「言葉」とも言われます。
言葉を尽くして説明し、説得することが、議会制民主政治には欠かせない要素です。
にもわらず、当局はこの点でも不誠実です。
更にキャチフレイズとして当局は、「思い描く図書館づくり」としていますが、そこには主語がありません。
いったい誰が「思い描く」かが曖昧で不誠実です。
「当局が描く」のか「市民(住民)が描く」のかによって、まるで意味や見解は違ってきます。
この様な話法はロマンス詐欺に多用される論法であり、市民を錯覚させて自らは利益を得ようと する企みが隠されています。
要はこのような‘‘不誠実な言葉”の背後には、目立たぬ様に不誠実な精神が隠されており、このことを当局が「ブラックボクス化」して誤魔化し、さも親切そうに見せながら、誠実さを欠いた姿勢を目立たぬように潜ませている“あくどさ’'の顕れですが、これが当局の描く図書館基本政策にほかなりません。
政策の誤りは政策立案者の誤りであり、且つ政策推進者の誤りにほかなりません。
そしてその責任は結局‘‘ぷくぷくコンビ”たちの基本姿勢である「自身の損得感」で動く性格に行き着くように思えます。

一般的に独裁的強権の下では、後継者が育たないと言う見方があります。
前市長は強権的政治を目指していましたが、その完成を目前にして市長選に敗れ、紆余曲折を経て結局、現職の鴨田市長体制が前市長の政策を引き継ぐ様な形で市政をすすめているのが現状です。
しかし、強権者の前市長が去り、‘‘イエスマン’'も去り、残された前市長の“茶坊主”を主体にして受け継いで政策を実行することとなった当局は、茶坊主の‘‘見よう見まね‘‘で「らしく振る舞う」ことは出来ても「理念」をもとに政治を進めることは、やはり荷が重すぎるのか無理のようです。
従って、自己の利益を第一に政策を進めることしか出来ぬらしい?と言うことは、自己利益中心主義の「茶坊主の本領発揮」と推測できるような気もするようです。

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