
舞鶴市民の皆様、森本たかしです。
今回は、私の市議会議員選挙への立候補をめぐって、実家で起きた話を公表します。
これは弟から聞いた内容です。相手側への確認はできていませんが、家族の当事者として、私の考えをそのまま書きます。
61年間、創価学会の地域拠点だった実家
私は無党派、無所属、無宗教を貫いています。
もちろん、妻、息子たちも無党派、無所属、無宗教を貫いています。
一方、私の実家は祖父の代から熱心な創価学会の信者であり、公明党の支持者です。
実家は61年間にわたり、自宅を創価学会の地域活動の会場として無償で提供してきました。
しかし、私は実家や創価学会とは距離を置いています。
実家とは約4年間会っておらず、父の葬儀にも参列しないほど疎遠です。創価学会の会合にも当然、参加していません。
そんな実家に、創価学会の地域担当者である女性2人が訪れたと弟から聞きました。
2名とも役職持ちです。
2人から母に伝えられたのは、2026年11月の舞鶴市議会議員選挙が終わるまでの約3か月間、実家を創価学会の地域拠点として使わないという話でした。
理由は、長男である私が市議選へ立候補することで、公明党の上羽和幸議員の票を奪うことになるから。
さらに母は、選挙が終わるまで、次のことを求められたそうです。
- 息子の選挙には一切協力しない
- 創価学会の会合やイベントには一切参加しない
- グループLINEや関係するアプリも使用しない
そして言われたのが、
「選挙が終わったら元に戻る」
という言葉でした。
約3か月だけ我慢すれば、また元に戻す。
これは裏を返せば、私が選挙に出る約3か月間は、母を創価学会の活動と人間関係から切り離すということではないのでしょうか。
しかも実家は、61年間も自宅を無償で提供してきました。
現在、自宅を地域の会場として提供する家庭は少ないそうです。実家を完全に拠点から外すと組織側も困る。だから永久に外すのではなく、選挙までの3か月間だけ止めたのではないかと弟は見ています。
学会が必要なときには自宅を61年間と同じように使わせてもらう。
しかし、その家の息子が公明党議員と同じ選挙へ出るとなれば、母に選挙協力だけでなく、会場の提供、会合への参加、イベントへの参加、LINE、アプリまで止めさせる。
それが事実なら、あまりにも身勝手ではないでしょうか。
私は実家も組織票も頼っていない
私は、実家も、親戚も、組織も、団体も、自分の選挙や政治活動の後ろ盾として頼ったことは一度もありません。
地縁、血縁、組織票を当てにして選挙をするつもりもありませんし、そもそも選挙に出るとも言ったことも実家には伝えていません。
母は私が市議会議員選挙に出馬するのはYouTubeを見た方の情報で知ったそうです。
誰かの看板や集票力に頼らず、自分の言葉と行動で市民に判断してもらう。
それが私の信条です。
実家の創価学会組織を利用して、上羽議員の地盤を崩すという発想自体が私にはありません。
そもそも、創価学会や公明党に興味も関心も無い。
どちらかというと、一切関わりたくない組織です。
私から実家へ選挙協力を求めたこともありません。
母も、上羽議員の地盤を崩そうなどとは考えていません。
それなのに、なぜ母が先回りして選挙への協力を禁じられ、信仰活動や人との連絡まで止められなければならないのでしょうか。
選挙に出るのは私です。
母ではありません。実家でもありません。
母が誰を応援するかは、母自身が決めることです。
創価学会でも、公明党でも、私でもありません。
上羽議員は、私が子どもの頃から知る人物
上羽議員は、私が小学校低学年の頃から知っている創価学会の地域リーダーでした。
子どもの頃には、ほかの会員の子どもたちと一緒に、上羽氏から勤行を教わりました。
だから私は、創価学会や公明党を敵視しているわけではありません。
市政に関する意見以外で、創価学会や公明党を攻撃することも避けてきました。
それだけに、今回の話には強い衝撃を受けています。
上羽議員へ助けを求めた、たった一度の出来事
私が公明党の上羽議員に、政治家として助けを求めたことが一度だけあります。
舞鶴で計画されたパーム油火力発電所への反対運動をしていたときです。
私は上羽議員にアポイントを取り、発電所計画によって地域住民が苦しんでいることを伝え、政治家として力を貸してほしいとお願いしました。
しかし、上羽議員から返ってきたのは、
「舞鶴市にとって発展の機会だから」
という趣旨の言葉でした。
さらに私の記憶では、
「森本さんにやりたいことがあるのなら、自分で市長になって舞鶴市を変えればよい」
という趣旨のことを言われました。
私は失望し、
「それなら、私は市長を目指しますわ」
と答えて、その場を去りました。
困っている市民が政治家へ助けを求めたとき、「自分で市長になればよい」と返す。
それなら、政治家は何のために存在するのでしょうか。
病気になって医師へ助けを求めたら、「自分で医者になって治したらええやん」と言われる。
火事になって消防へ助けを求めたら、「自分で消火したらええやん」と言われる。
それと同じではないでしょうか。
市民は、自分たちだけでは解決できない問題があるから、選挙で代表者を選び、政治家へ声を届けるのです。
やばいぜ舞鶴の市民投稿者、伊達直人氏も上羽議員へ相談した際に、
「自分が市議になったらええやん」
という趣旨のことを言われたそうです。
私だけに出た一度きりの言葉ではないのなら、これは上羽議員の政治姿勢そのものではないか。
私はそう疑問に思います。
「政治と議員に求められる第一は信頼」
舞鶴市議会の公式プロフィールによると、上羽和幸議員は現在7期目。公明党議員団の幹事長で、市民文教委員会、予算決算委員会、議会運営委員会に所属しています。
公式プロフィールには、信条・モットーとして、
「政治と議員に求められる第一は『信頼』です」
と掲載されています。
さらに、誠実と行動の中にしか信頼は生まれない、市民の求める模範の議員を目指すとも掲げています。
立派な言葉です。
だからこそ、私は上羽議員に問いたい。
困っている地域住民の声を届けた市民に、「自分で市長になって変えればよい」という趣旨の言葉を返すことが「信頼」「誠実」「行動」なのでしょうか。
自分の得票への影響を理由として、候補予定者の母親が選挙への不協力、会合やイベントへの不参加、LINEやアプリの使用停止まで求められたという話について、何も説明しないことが「市民の求める模範の議員」なのでしょうか。
7期28年、公明党の定年制はどうなった
上羽議員は1998年に初当選し、現在7期目。議員在任は約28年になります。
そして、公明党公認で8期目に出馬する予定です。
公明党の公式ニュースには、党内規の「定年制」について、任期中に69歳を超える場合や、在任期間が24年を超える場合は原則公認しないと書かれています。
基準に抵触する候補を公認するときには、党中央幹事会が例外として制限緩和を承認した事例も公表されています。
上羽議員はすでに在任24年を超えています。
現在65歳で、8期目に当選すれば次の任期中に70歳となります。
もちろん、この定年制が市町村議員にも同じように適用されるのかは分かりません。
だから公明党に聞きたい。
上羽議員は定年制の対象にならないのでしょうか。
対象になるなら、誰が、どのような理由で例外を認めたのでしょうか。
7期28年を超え、さらに8期目まで同じ人物を公認する必要は何なのでしょうか。
原則を超える例外公認を重ね、同じ人物が長期間議員を続けることで、地域で本人とその周辺に影響力が集中してはいないでしょうか。
今回の母への対応は、長期在職と例外扱いによって生まれた弊害の一つではないのか。
公明党が自ら定めた基準なら、公明党自身が説明すべきです。
創価学会と公明党に、自浄作用を求めます
私は、今回の対応について、創価学会や公明党が組織全体として動いたとは思っていません。
上羽議員と、その周辺の一部関係者が独自に動いたのではないかと考えています。
そうであってほしいと思っています。
創価学会や公明党が、無所属で市議選へ立候補する人物の母親に対し、選挙への不協力だけでなく、会合、イベント、LINE、アプリまで止めさせるほど腐った組織ではない。
私は、そう信じたい。
だからこそ公表します。
創価学会や公明党全体を攻撃するためではありません。
組織として調査し、問題があれば自ら正していただくためです。
私が聞きたいのは、次のことです。
- 女性担当者2人の訪問は、組織の正式な判断だったのか。
- 私の出馬と上羽議員の得票を理由に、母の学会活動を止めたのか。
- 上羽議員本人は、訪問や判断を事前に知っていたのか。
- なぜ選挙への協力だけでなく、会合、イベント、LINE、アプリまで止める必要があったのか。
- 公明党の定年制は上羽議員に適用されるのか。例外なら、その理由は何か。
これは、信仰そのものへの批判ではありません。
創価学会員や公明党支持者を一括して批判するものでもありません。
問うているのは、選挙を理由として、候補予定者の家族関係、母親個人の政治的判断、信仰活動、人との交流にまで踏み込んでよいのかということです。
選挙に出るのは私です。
母ではありません。
私は無党派、無所属、無宗教です。
実家も、親戚も、組織も、団体も、選挙の後ろ盾として頼りません。
誰かの支配も、誰かへの忖度も受けず、自分の言葉と行動で舞鶴市民に判断してもらいます。
それが、私の政治姿勢です。

