
伊達直人さんの投稿です。
多くの日本人抑留者が強制連行された、ウズベキスタン各地にある 収容所の“トイレ“事情は、悲惨なものであった。
https://www.asahi.com/special/koe-senso/id/0007
屋外の土地に深い溝や穴を掘り、その上に粗末な板を渡しただけの『簡易的な穴掘りトイレ』でした。
また囲いや屋根も不十分で、プライバシーも皆無だったとのことです。
もちろん紙などは支給されず、作業現場のセメント袋の切れ端、古新聞、あるいはそこら辺に落ちている草や小石などを代用していたと、帰還した抑留者の方は証言されていました。
定期的な[し尿収集]はしていたものの、夏場は暑さにより猛烈な悪臭が立ち込め、ハエやウジ虫が大量に発生して赤痢やチフスなどの感染症が蔓延して、多くの死者が出ました。
森本さんに調べていただいた、ウズベキスタンにおける日本人抑留者の死亡者名簿の中には、女性と思われる名前が多く記載されています。
氏名(敬称略)
【サカモト マサコ 288収容所】
【キタモリ ヒサミ 288収容所】
【オギハラ トシ 288収容所】
【ツノダ カズミ 288収容所】
【クリバヤシ ヤスズ 288収容所】
【ヤマグチ トラエ 288収容所】
【モリヤマ カオル 372収容所】
【イトオ ユウコ 372収容所】
【カトヤマ カオル 372収容所】
【ヤスダ ヨモ 372収容所】
【タケハラ マサミ 386収容所】
【ハネダ カオル 386収容所】
さぞお辛かったことでしょう。
どうか安らかにお眠りください。
犠牲になられた方々の無念な気持ちを、鴨田市長は察することができないのでしょうか。
ウズベキスタンは現在 独立国家ですが、日本人抑留者の忌まわしい歴史が、この地であったのは紛れもなく事実です。
日本が細川内閣だった1993年(平成5年)に、当時ロシアのエリツィン大統領は日本に来日して、日本人へのシベリア抑留を『全体主義が犯した罪』『非人間的な行為』と位置づけて、公式に謝罪の意を表明しました。
ことし3月にウズベキスタン駐日大使が、舞鶴市を訪問しています。
しかしこの時、日本に対しての謝罪の言葉はひと言も述べられていませんでした。
終始一貫して、今後に向けた“友好交流“の内容だったのです。
ウズベキスタンでは、現段階において日本人抑留者の遺骨が1柱も回収できていません。
このことからも、抑留者は今なお強制労働を強いられている!と言っても過言ではないと私は思います。
この地と姉妹都市提携した舞鶴市は、犠牲者の方々に対して[敬意]を払うことなく、また[検証]も行うこともしないでこれからどのように次の世代に“抑留の史実“を継承していくつもりなのか。
引き揚げのまち舞鶴市の鴨田市長におかれましては、私たち市民に対して明確な回答をいただけますようお願いいたします。
伊達直人

