
源泉交遊さんの投稿です。
「事実は小説よりも奇なり!Jとの言もある様に、事実には表裏があるものだけに取扱いも難しいが、それだけに多様で面白い面も見ることが出来るかも知れない。
我ら政治の素人(市民)は傍目八目、直接の当事者でないことが、案外と新鮮で的を得た視線を向けることもできるだろう。
勿論見当違いはご指摘いただき次第謙虚に検討して、訂正するか反省してお詫びすることにもしたいが、それでも納得のいかぬことには、改めて反論もして事態を前に進めたいと思っている。
現在、市義会でも問題となっていた「静渓ポンプ場建設工事問題」の“ごたごた’'についてだが、なぜ当局は市民に“秘密‘‘にしなければならないことがあるのだろうか?と言う素朴な疑問がある。
それは市民(関係者以外の限られた人以外)に知られては困る、あるいは見せられない秘密等の何かがあるからに違いない。
当局は個人情報や企業情報の保護のためと言うが、それは単なる言い訳(言い掛かり)に過ぎない。
市の施設をつくるのに使う税金を議会にすら詳しく説明し経緯を明らかにしないのは、民主主義に反する振舞である。
このような当局の振舞は、専制主義国家ならば許されるかも知れない我儘な行動であるが、民主主義の世界にあっては、そうした当局の我儘は当然許される行動ではない。市民のために使う経費(税金)を、正々堂々と説明できないところに市当局(市幹部)の不正が隠されているのかも知れない、との憶測の正当性を裏付けるものとなっている。
その事はすなわち、当局は民主主義をすてて専制主義に傾いて’'ぷくぷく王国“建設を目指している証ともいえるだろう。
顧みるに、「東図書館を除去」するとする図書館再編計画も同じ手法で、住民の頭越しに唐突に計画を推し進めようと、住民無視の秘密主義の政策を「密室で計画」して押し付けようとしたのと同根の問題と言える現象だ。
市の体制は今やここまで“腐敗”してしまい、明らかに専制主義を目指しているかのようだ。
しかも今般は、市議会の了承を得るため市長自らが「秘密会」での条件つきで資料を提供し、詳細不明(疑惑を含んだまま)無理やり反対する会派(市議会議員)を無視して、単なる多数決と言う数合わせで議会を通過させる暴挙を成し遂げたが、結局、不明朗なことに蓋をして幕を引いたと言う事である。
しかし、真相を明らかにしないで、秘密裡にことを図り幕を引くと言う事は、当局と市民の間に垣根を創り市民から見えない様に目隠した事であり、垣根の内側は当局にしか見えない世界が、垣根の外側では、当局は預かり知らぬこと、「何とでも勝手に想像し自由に解釈せよ」とでも言っている様な状態ある。
従って、垣根の外(市民側)に居る我々は、事実の断片を集めて常識で繋ないでいけば、当局から説明を拒まれている事柄にも自由に到達できる、という利点を手に入れたことになる。
つまり良識で自由に想像し事実の断片の寄せ集めから、隠された真実を描くことが出来、それが当局が隠している秘密に到達する手段を得たことになる。


