
造船業再生の号砲と、地方造船所に突きつけられる現実
2026年1月6日、国内造船業にとって一つの大きな節目となるニュースが報じられました。
国内首位の今治造船が、業界2位のジャパンマリンユナイテッド(JMU)を子会社化したというものです。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC060K90W6A100C2000000
出資比率を60%に引き上げ、両社は名実ともに一体経営へと踏み出しました。
記者会見で今治造船の檜垣幸人社長は、
「世界における建造シェア維持のためにも、増産体制を整えていきたい」
と述べています。
この発言は、日本の造船業が守りの姿勢から一歩踏み出し、
再び世界市場で戦う覚悟を示したものと受け止められます。
日本の造船業全体にとっては朗報です
まず、日本の造船業全体という視点で見れば、今回の子会社化は間違いなく前向きな動きです。
今治造船が国内建造量の約3割強、JMUが約2割弱を占めており、
両社を合わせると国内シェアは5割を超えます。
中国や韓国では、国家支援のもとで巨大造船グループが形成され、
低コストと大量生産を武器に世界市場を席巻しています。
そうした中で、日本が従来の「提携」や「協業」だけで対抗するのは限界がありました。
今回の子会社化は、
協業では足りない
経営を一つにしなければ戦えない
という現実を踏まえた、遅すぎたかもしれませんが、
極めて妥当な判断だったと言えるでしょう。
国の政策とも明確に一致しています
この動きは、企業単独の判断というより、国の方針とも強く連動しています。
国土交通省は2025年12月に「造船業再生ロードマップ」を発表し、
https://www.mlit.go.jp/maritime/maritime_tk5_000090.html
- 2035年に国内建造量を1800万総トンへ倍増
- 業界再編・連携の促進
- 生産能力の拡大
- 国が主導する「国立造船所」構想
といった方針を明確に打ち出しました。
今治造船とJMUの統合は、
このロードマップと完全に同じ方向を向いています。
その意味で、造船業という産業全体にとっては、確かに追い風が吹いていると言えます。
しかし、ここからが舞鶴の視点です
問題は、このニュースを地方の造船都市、
とりわけ舞鶴の立場で見たときです。
結論から言えば、
今回の動きは舞鶴市にとって「安心材料」とは言いにくい内容です。
「選択と集中」がはっきりと示されたということ
今治造船が目指しているのは、
- 商船の量産体制
- コスト競争力の強化
- 世界シェアの維持・回復
です。
そのために必要なのは、
- 大型ドック
- 高稼働率
- 太平洋側を中心とした物流効率
であり、全国の造船所を均等に活用する発想ではありません。
今回の子会社化は、はっきりとこう示しています。
勝てる拠点に、資源を集中させる
裏を返せば、
そうでない拠点は、維持されるか、整理されるか
という選別が、より明確になるということです。
地方造船所に突きつけられる現実
JMUは艦艇や特殊船に関するノウハウを持っていますが、
それらの機能が全国の事業所に均等に配分される保証はありません。
むしろ子会社化によって、
- 機能の重複は整理され
- 投資は中枢拠点に集中し
- 周辺拠点は役割を限定される
可能性が高まったと見るべきでしょう。
これは感情論ではなく、
経営としては極めて合理的な判断です。
造船業は再生します。しかし……
今回のニュースを一言でまとめるなら、次のようになります。
日本の造船業は生き残ります。
しかし、すべての造船所が生き残るわけではありません。
再生ロードマップも、今治造船とJMUの統合も、
目的はあくまで「産業として勝つこと」です。
地域の雇用や歴史、港町としての誇りは、
政策や経営判断の主語にはなりにくいのが現実です。
結びに――舞鶴市民として、このニュースをどう受け止めるか
このニュースを、舞鶴市民として読んだとき、
正直に言って、素直に「良かった」とは言えませんでした。
日本の造船業が、再び世界と戦うために本格的に動き出したことは理解できますし、
必要な判断であることも分かります。
しかしその一方で、その再生の輪郭の中に、舞鶴の姿が見えてこないという現実があります。
かつて舞鶴は、海軍工廠を起点に、
街そのものが造船とともに歩んできました。
進水式の日には街が沸き、
造船所は雇用と誇りの象徴でした。
ところが今、語られる言葉は
「増産体制」「シェア維持」「コスト競争力」といったものばかりです。
そこに、港町として積み重ねてきた時間や、人の暮らしは登場しません。
選択と集中という考え方が合理的であることは理解しています。
しかし舞鶴は、その「選ばれる側」には入りませんでした。
防衛艦艇の修理という役割を担い、
「重要だ」「必要だ」と言われながらも、
育てられることはなく、ただ維持される場所。
派手に切り捨てられるわけではありません。
けれども、静かに主役の座から降ろされていく――
それが、今の舞鶴の立ち位置ではないでしょうか。
日本の造船業が前に進めば進むほど、
舞鶴はその背中を、少しずつ遠くから見送る立場になっていく。
このニュースを読んだときに胸に残ったのは、
そうした言葉にしにくい寂しさでした。
それでも、この港で生きてきた私たちは、
「何も残っていない」とは言いたくありません。
たとえ末端であっても、
たとえ脇役であっても、
この港が担ってきた役割と時間は、確かにここにあります。
追い風は吹いています。
しかし、その風が舞鶴の帆を満たすことは、ないのかもしれません。
それでもなお、
この港で生きる者として、問い続けたいと思います。
舞鶴は、これから何者として生きていくのか。
その答えを先送りにできる時間は、
もう、あまり残されていないのではないでしょうか。


